猛者日記

大学生のブログです

このブログについて

大学生のブログ 

自己紹介

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自分(画像は勝手なイメージです。)

身長175cm。2000年生まれの大学二年生(2019年現在)。天然パーマ。

音楽とマンガと映画とテレビとカープが好きです。

学校のレポートの合間にブログを書きます。

頻度はまちまちです。

 

居住地


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東京都のマンションです。

 

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ネギトロール (@KDilla2cw) | Twitter

 フォローしてくれたら幸いです。

呼び捨てとぜんまいざむらい

呼び捨てで呼ばれたいという願望が常にある。

もっと言えばいままで、“さん”とか“くん”を付けて呼び合ってた人が、呼び捨てに変化する瞬間に最も興奮する。呼び名の変化すなわち距離感の変化だ。もちろん、“さん”や“くん”を付けて呼び合うコミュニケーションは素晴らしい。それが社会ではなく、例えば友人関係での、対等な関係で尊敬の念を互いにこめてしていたならば、それはきっと世の中で一番美しい関係性だと思う。

だからこそ、そんな互いを思いやる・慮る気持ちがある人間同士が、ある時急に呼び捨てに変わる瞬間に興奮する。自分も他人にそう思われるようにありたい。

 

*

ぜんまいざむらい』を知っているでしょうか?


ぜんまいざむらい テーマソング ロングバージョン

曲メチャメチャカッコいい

NHKで2006年から2010年まで放送されていたアニメなのですが、この頭にぜんまいの乗った可愛い風貌の少年が主人公・ぜんまいざむらい

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明治維新がなかった西暦2015年のからくり大江戸が舞台。

ぜんまいざむらいは悪行をする人間を見つけると、「必笑だんご剣」という剣を振りかざす。すると剣に刺さったダンゴが飛んでいき、それを食べた相手は幸せな気持ちになり、自然と悪行をやめ改心する。

 

ぜんまいざむらいがこうした善行をするにはわけがある。

それはぜんまいざむらいがこの世に生きるための代償であるからだ。

ぜんまいざむらいはぜんまいが止まると死んでしまう。

だが善行を施せばネジが巻かれ余命が伸びる。

そんな悲しき運命の象徴こそぜんまい

 

なぜこんな業を背負ったのか?これはぜんまいざむらいは、その頃、善之助という名のドロボウだったころに遡る。 善之助はこの日もダンゴ屋に忍び込み、ダンゴを盗もうとしていた。しかしその時、ネズミが急に飛び出てきたことで驚き、その弾みで井戸に落ちて転落死してしまうのだ。そこで神様が最後のチャンスとしてぜんまいを取り付け善行を行うことを強制したのだ。芥川龍之介の現代版と言えるだろう。

 

生き返ったと聞けば聖人、つまりはキリストを頭に浮かべる人も多いだろう。

だが、キリストは善行を積み、神に愛されたことで、再びキリストとして生き返った。

しかし、ぜんまいざむらいは悪行を積んだことで、神に愛されず、ぜんまいざむらいとして生まれ変わった。言わばぜんまいざむらいはキリストではなくゾンビに近い存在なのだ。

 

だがぜんまいざむらいの置かれた状況はゾンビよりもよっぽど性質が悪い。

ゾンビとぜんまいざむらいの最も大きな違いは周りに存在を望まれているか否かである。

ゾンビは周りから疎まれ、ぜんまいざむらいは周りから望まれている。そう言うと後者の方が聞こえは良い。

だがより自由に生きているのはぜんまいざむらいよりもゾンビなのだ。

 

ここでぜんまいざむらいをからくり大江戸における、善行をすることを目的としたロボットだと定義しよう。

 

ぜんまいざむらいは周りから望まれるが故、名前も生きる目的も奪われ、からくり大江戸という社会に滅私奉公する。

 

ぜんまいざむらいはロボット、否、神に定められた奴隷なのだ。

手塚治虫はロボットと人間が共存する社会を思い描き続け、私たちの時代に「ロボットは人間の奴隷ではなく人間の友達」というメッセージを残した。しかし明治維新を失ったからくり大江戸に、手塚治虫のメッセージは届かない。

 

ぜんまいざむらいの置かれた状況がゾンビよりもよっぽど性質が悪いと書いたのは、こうした状況を、ぜんまいざむらいをロボット的な奴隷として扱っていることをからくり大江戸に住む人々が、悪意をもってやっていないところにある。そして、悪意を感じてないというのはぜんまいざむらい本人にとっても言えることなのだ。

 

何故か?

 

それはぜんまいざむらいが過去に、泥棒という罪の意識に苛まれているからである。ぜんまいざむらいは泥棒である過去を忘れることを忘れることはない。いや、忘れることができない。善行を積むときに使う道具(ぜんまいざむらい的には生きるために必要な道具)それこそが、ぜんまいざむらいの罪を思い出させるダンゴだからだ。

 

「ぜんまい」そして「ダンゴ」

彼のトレードマークとも言えるアイテムは、彼を罪から逃れさせることも、忘れさせることもさせない。

 

社会という集合体が無意識にぜんまいざむらいという存在を欲し、それをぜんまいざむらい自身も受け入れる。

そうして出来た存在がぜんまいざむらい。公然に許された奴隷である。

 

ここでぜんまいざむらいの交友関係を見てみよう。

まず、からくり大江戸に住む人間。彼らは「ぜんまいざむらい」と肩書きで呼ぶ。

当然のことだ。上記で語ったように無意識が産んだ社会の奴隷がぜんまいざむらいだからだ。

 

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豆丸

次にぜんまいざむらいに弟子入りしている忍者・豆丸。呼び方は「ぜんまい殿」

これも当然だ。彼は、善之助でなく、ぜんまいざむらい、そのものに憧れを持って弟子入りそれゆえ許容範囲であろう。弟子が師匠を肩書きで呼ぶことに問題は無い。

 

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ずきんちゃん

ぜんまいざむらいが想いを寄せるヒロイン・ずきんちゃん。呼び方は「ぜんまい様」

これはとても悲しい。想いを寄せる相手から、毎日のように肩書きで呼ばれる悲しさ。オープニング曲の歌詞にはこうある。

 

ぜんぜん恋は実らないけど

 

毎日、「ぜんまい様」と距離を置かれるような呼ばれ方をしていてはこう思うのも仕方ないかもしれない。

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だんごやおばば

 最後にぜんまいざむらいを居候させているおばば。呼び方は「ぜんちゃん」

ここで一度立ち止まって欲しい。ぜんまいざむらいの本名は善之助である。つまり善之助という名前から「ぜんちゃん」と呼んでいる可能性はゼロでは無いのだ。もちろん違う可能性だってある。でも信じてみたい。おばばだけは、ぜんまいざむらいを1人の人間として扱っているのかもしれない。

 

ここで話をずきんちゃんに戻すと、ずきんちゃんは「ぜんまい様」という呼び方のほかに「ぜん様」という呼び方を使う。しかもそれを意図があるように使い分けている。つまり、「ぜん様」という呼び方は、ぜんまいではなく善之助から来ている呼び方なのかもしれない。

 

だがここで考えて欲しい。ずきんちゃんという名前もまた、その肩書きに依存した呼び名なのである。当のぜんまいざむらいもまた、からくり大江戸の住人と同じなのだ。恋が実らないのは彼自身のせいかもしれない。

 

*

呼び捨てで呼ばれたいという願望の前に、まず自分に固有の名前があり、その名で呼ばれている現状がもっと喜ばしいとことなのだと、認識するべきなのかもしれない。

 

*


ぜんまいな人生

歌詞を読むと、何だかんだ、ぜんまいざむらいも、いや善之助も楽しそうに過ごしているようで、嬉しい気持ちになる。

テラスハウスとバタンについて

知っていますか?テラスハウス。通称テラハ 現在、Netflixと地上波にてTOKYO2019-2020編が絶賛放送中です。

Netflixにて月曜24時に最新話が更新される完全版テラスハウスと、地上波にて数話遅れで更新される地上波版テラスハウス。お好きな方法で今からでも是非見てほしい。

2018年にはNYTimesにおいて、最も優れたテレビ番組のベスト10にランクインしました。

私は名実ともに、いま現在一番面白いコンテンツがテラスハウスだと私は断言できます。

観てない貴方はさっさとNetflixと契約して観るか、地上波の放送を録画してください。

 

テラスハウスの舞台設定はいまさら言うほどでもないので端折りますが、何がそんなにも魅力かというと、友人とあーだこーだ言いながら映画やドラマを見る、メチャメチャ楽しいホームパーティあるじゃないですか。あれです。あれを毎週同じドラマの続きで擬似体験できる、それがテラスハウスなわけです。しかもホームパーティーのメンバーは一流のタレント。完璧ですね。

 

自分の見方というか現状のテラハ視聴者、その大半の人の見方を紹介すると、字幕付きで音声は副音声という見方。

時間に余裕があれば、1回はプレーンの主音声で楽しんで、2回目は副音声という趣深い人もいますが、初心者はまず副音声で字幕付き。ハウス住人の会話など字幕でオッケーなのです。

料理で例えるなら、テラスハウスの住人とかその生活はただの素材であって、副音声が料理人なんですね。人間は栄養を取りやすく、食材を食べやすくするため、料理という技術を手に入れました。

テラスハウスだって半分素人みたいな人たちの"ドキュメント"なのでプロの味付けがきゃ見づらいですよね。だからこそテラスハウスは副音声で楽しみましょう。というのがわかったところで未視聴者がNetflixと契約したでしょうか。

 

 

 

で、ここから本題なんですけど、副音声の中とかファンの間で通称・バタンと呼ばれるシーンが毎回必ずあります。

このバタンとは、テラスハウスでこの回の終了時に流れるドアが閉まる演出のことを指していて。

要はこの続きはまた次週。クリフハンガー(次週を気にさせるため、物語を途中で終わらせて次週に持ち越してしまう手法)で終わってしまう、次週が気になるっていう、視聴者の心情を指すわけです。

 

例えばカメラに映っていなかった裏の顔。他の住人くらいしか観れなかった一面を、怒った住人にこれから暴かれてしまいますよ、ってところでバタン!

https://youtu.be/GemKqzILV4w 

1:31から

で、この曲がドン

 

バタン後のエンディング映像とともに副音声での感想戦を聞きながら衝撃を緩和。

ちなみにこの次の週は秘密を暴かれて怒った住人が、今度は暴露した側の住人の寝起きに突撃。これから反撃する、というシーンでバタンでした。決して、やられたらやり返す精神マフィア映画の話ではなく、オシャレ若者シェアハウス番組、テラスハウスの話なのです。

しかし目には目をの精神では世界中の人が盲目になってしまうとガンジーは言っていました。そう、これはそうした人のダメさをみんなで笑って肯定する番組。人間の業を肯定する。落語と同じですね。

 

 

テラスハウスは2012年から続いてる番組ですから、スタッフはバタンのタイミングに信念を懸けていて。おそらく40年選手のバタン職人もいるはずです。普段ぐうたらしてるのにやけに高そうな物ばっか身につけてる人。

 

「先輩、もう毎日残業でクッタクタですよー。私このまえだって…」

「うるせえ俺だって4年働いて未だに月一回家で寝れるかどうかだよ」

「じゃあ、何であの人いつもサボってばっかなのに許されるんですかー?」

「あーお前新人だからまだ知らないのか、あれは橋下さんだよ」

「橋下さん?」

「お、ちょうど良かった今日テラスハウスだろ。見てけよ橋下さんの仕事」

 

 

「先輩やっぱり面白いですねーテラハ」

「ほら橋下さんそろそろだぞ」

「え、でももう放送終わりますよ…って何これすごい展開!えーこれどうなるの!?」

 

バタン!

 

「あー、バタンかー」

「な、分かったろ? これが橋下さんの仕事」

「え?」

「だから、このドアのバタンあるだろ? これが橋下さんの仕事なんだよ」

「うそっ、え、これだけ!? バタンだけ!? バタンだけして終わりですか?」

「そうだよ」

「えーそんなのあり!?」

「実際、お前、気になっただろ次週の展開」

「たしかに」 

「実際おれも最初はお前みたいに『え、これだけ?』って思ってた でも見れば見るほど、この仕事をしていくほどに、あれは誰がやっても出来ない、橋下さんにしか出来ない芸当なんだ、って気付いたんだ だから誰にも橋下さんはクビにできないのさ」

「すごい人なんですね…!」

 

私たちのテラスハウスも橋下さんに支えられてるかもしれません。

 

バタン!

夏休み

朝。6時半に起きる。やらなきゃならないレポートを2つ無視して滑り込みで7月中に夏休み突入。2単位諦める価値を頑張って見出そうと思いつつ朝からリタイア。図書館に返しそびれ続けた本を返すため、どうにか体を動かす。

 

返却期限は昨日までだから、図書館が開くまでにポストにいれなきゃならない。図書館が開くまでなら昨日扱いで済む、みたいなTSUTAYAシステムで運営されてるのかは知らないけど。とにかくいまの自分に出来ることは出来る限り早く、借りた本を返すこと。ナニワ金融道のエンディングみたいな心持ち。

https://youtu.be/L1pw3d-fmqQ

 

7時には身支度を整えて図書館に行く。図書館に行くという用事だけで、文化的な生活をしてる気分になる。小学生のとき「せいかつ」って授業ありましたよね。どんな内容とか全く覚えてないけど、教科書の表紙に手が泥まみれの少年がいたことだけは覚えてる。あいつも今年で20歳になるはず。そろそろ手を洗うべき年頃じゃないかな。

 

ただただ国道沿いを歩き続けて15分かかる図書館に行くのには、そこそこなモチベーションがいる。それに早朝とは言え、梅雨から急な猛暑に変わった気候。国道のコンクリートと猛暑。想像し得る限り、最もバッドなコンビネーション。心を強くもたなきゃならない。

そんなこと思いながら、図書館への日陰ルートを考えていたら、近くに美味しいパン屋あることを思い出した。早朝に出来たてのパンを買って家で食べる。とても心地よい生活。帰りにパン屋によることをワクワクしながら図書館へ向かう。

 

道中にセブンイレブンで涼む。パン屋で買うためのポケットマネーがなかったことを思い出して、ATMを使う。そのまま出ていこうとしたらレジ横にハッシュポテトが置いてあるのを見つけてしまった。パンとハッシュポテト。想像し得る限り、最もグッドなコンビネーション。心が昂ぶる。

気の利いた店員さんがレンジで温め直して渡してくれた。とても嬉しい。寝起きの身体に熱々のハッシュポテトの塩気が染み入る。パンとのコンビネーションはどうしたとかそういうことじゃない。美味しいが正義。

 

小学校の横を通る。小学生が辺りに見えない。小学生よりも早起きの自分が誇らしく思える。何歩か歩いて、小学生はもうすでに夏休みに入ってることを思い出して少し凹む。

 

図書館に到着。開館してないことをしっかり確認してポストに入れる。物を借りて返す。これだけで文化的な人間である気がしてくる。手紙を書くことがまた娯楽として受け入れられる未来があるような気がする。久々にポストに物を入れた感覚は快感でそんなこと思った。

 

帰りもあるからまだ半分。ここまでの道中でそうとう暑さに参った。パン屋に寄ることを思い出して立ち直る。ふとセミの声が耳に入ってくる。暑さが増すような気がしたので、イヤホンを取り出す。

パン屋に向かい歩きながらradikoPUNPEEのラジオを聴く。鳥山明が書く漫画はフィギュアのように立体化するとよりポップになると言ってた。なるほどたしかに。特に悟空が未来のバイクみたいなのに乗ってるやつが好きと言ってた。とても同感。

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悟空が乗り物に乗ってるフィギュアが一番良い。

 

パン屋に着く。何だか店先が暗いと思ってたら、"機械の不具合で本日開店しません"と張り紙がしてあった。機械の不具合て。いや不具合かよ…と、まあ不具合なら…の気持ちがちょうど半々。

 

悔しいので、セブンイレブンでハッシュポテトをもう一回買って家に帰る。

 

帰ってきて部屋のクーラー付けて、クーラーが効くまでシャワー。汗を流して、涼しくなった部屋で2度目の睡眠。

 

文化的な生活はまだ遠い。

Tを使ってます

ここ3,4年、カフェチェーンではTully'sを懇意にしています。深い理由はありません。

ただ妙に立地の良い店舗が多かっただけ。本当にそれだけ。

なんならホットコーヒーは変な渋みがあって美味しくないし、イスは固いし、もっと気に入るお店があればいいけど、他のお店を試せば試すほど、考えれば考えるほどTully'sで十分なのではという気持ちになってくる。

正直、これに釈然としていないのも事実。カフェの理想もあるんだけど(wi-fiと電源があるのはマストで、ビルの3Fより上にあって、外の景色が見える窓があって、常時混雑していないとベスト)、これはある種不動産のようなもので、東京の外れにそんな理想を兼ね備えたお店があるわけもなく。不服と思いながらも現状の最大公約数としてここまでTully'sを使い続けている。

 

Tully'sに行くとTully'sカードを作ることを勧められる。

でもTully'sを懇意にし始めて一年はカードを作るのを拒んでた。なんか負けた気持ちになるから。自分はTully'sを使い続ける人間ですと言っているような気持ちになるから。しかも厄介なシステムで最低1000円からのチャージ式という理不尽。一度の来店で300~400円のコーヒーを飲むとして、初回から最低でも3回は通うことが決まるなんて。これはまるで賃貸の更新のように、時期を逃せばずるずると次の更新まで使い続けなければならないシステム。しかも前にチャージしたことを覚えていない限り、繰り返される死の行進、死の更新。

それに安くなるのは一杯たかだか十円。十円しか安くならないのにカード作るの300円かかるの!?はあ?なにその30回は使わないと元を取れないコントラクト。カジノで入場料取り返そうとして破滅するあのメカニズムと一緒じゃん。

そんな罵詈雑言は頭の中で並びたてながら、店員からの加入a.k.a.マニュアル対応を断り続けていたんだけど、それでも雪は溶けて春は来るように、自分もカードを持つことになった。

話は簡単。クリスマスに加入0円キャンペーンを行っていたから。0円ならと誰でもない自分自身に言い訳して、店員に二つ返事で承諾してた。桜木町の店舗でたしか雪も降ってたから、桜木町内の変と呼んでる。もちろん自分以外通じない。

ただひとつ未だにやめて欲しいと思うのは、カード使うときレジのモニターでTully'sカードのことTカードって表示するんですよね。断じてお前はTカードではないだろうと。Tカードなんてのはポイントカードのキング。それをなに一介のカードがその名を使っているんだと。キングを名乗るなと。

 

TカードとTully'sカードなんて月とスッポン。

TカードがメジャーリーグだとしたらTully'sカードは四国アイランドリーグイチローに対してのニッチロー'。ニッチロー'もTully'sも ' 付いてるし。

特にニッチロー'に恨みはないし、ニッチロー'は別に四国アイランドリーグで活躍してない。四国アイランドリーグに行ったのは360°モンキーズ。いやこっちが言いたいのはTully'sはTカード名乗るのやめよって話。なんなら元々サッカーやってたしねニッチロー'。キャプテン翼の作者は野球やってた。ちょうど逆。

 

何の話?

 

名前に ' が付くもので何が一番好きかな。自分ならL'Arc〜en〜Ciel。Ready Steady Goはいつもカラオケで歌っちゃう。

 

何の話?

 

まあ何にせよ。イチロー選手26年のプロ生活お疲れ様でした。

平成終わりますね。

平成の話でした。

地元の思い出と川崎

 

ルポ川崎という本を読んでいた。連載は読んでいたのに単行本を今更買った。自分は18年間、川崎の近くで過ごしているけど、いまだに街中でBAD HOPに出会ったことがない。そういう意味ではやっぱりここの住人にはなれないなという気がしてくる。

 

京急線の川崎駅を出て左に曲がり、DICEの裏手にある商店街(銀柳街)を通り抜け、チネチッタへと向かう。休日になると街に親子連れが溢れる光景も見慣れてきた。街が変わった様子も結構慣れてきた。ただ、商店街の入口で歌うおぼっこいシンガーソングライターのライブは、競馬で金を失ったような人々に囲まれていて、その光景。これを見るとラゾーナのステージが実際の距離より遠く感じる。

商店街の途中にある交差点で信号を待っていた。ふと目を下にやると植木に大量の吸い殻と何枚かのパケを見つけた。街の中心地でパケをやる街。以前に比べてずいぶん安全な街になったと思うけど、裏社会が近くにあると実感するのは怖い。

 

そういえば中学生のとき、川崎近くの土手を自転車で走っていたら「覚醒剤あり〼。」という身も蓋もない看板がでかでかと置かれていた。もっと見えにくい場所に書けよとか、〼を隠語の方を隠語にする前に覚醒剤を隠せよとか、色んな考えが0.5秒で頭を巡った後、危険という二文字が頭に浮かんで、急いでその場を離れたことがあった。でも、一週間後に友達引き連れて、度胸試しにもう一度その場所に行ったら、もう看板も何もなくなっていたから、タヌキに化かされていただけかもしれないけど。

地元は川崎じゃないけどとても近くで、自転車を使えばどんなに学区域の離れたやつでも30分あれば到着できる距離。中心街に行くために川崎の風俗街を駆け抜けていく小学生。店の前に立ってるボーイはどう思っていたのだろうか。土地柄としては、ガラは悪いけど本職になれるほど度胸もない、っていうなんとも微妙なやつが大半で、火遊びしてたら不注意で土手の草を燃やし切ってしまったというバカが一番のワルとして神格化されていた。あと新興宗教が盛んな地域で、中学のとき、同級生とケンカして謝りに行ったら、そいつの家が信者でネチネチめんどくさかったり、初めて好きになった女の子も信者だったり。当時、自分の好きな女優は改名前の清水富美加だった。

 

そんな地域だけど、やっぱり川崎が近いからか、何となく警察沙汰には慣れてしまっていて、同級生の兄で部活の先輩だった人が少年院入ったという話を聞いたときは、驚きよりも笑いが先にきていた。それでも、家とは反対岸の土手で凄惨な事件が起きたときは心から恐怖を感じた。2015年なのでまだ中学生のときである。地元で野球チームに所属してたやつらが犯人の一人以上と友人という事実。なんだか慣れきってしまってた異常な現実のもやが少しずつ晴れて、目が覚めていくような感覚。自分の居場所をもう一度、思い知らされている気がした。

 

自分はよそ者だけど川崎という土地で育った意識がある。川崎生まれじゃなければ、こんなに好きな映画も趣味にすらなっていなかったと思う。チネチッタ・TOHOシネマズ・109シネマズ、地元に三つも映画館があるなんてこんな豪華なことがあるだろうか。渋谷や新宿に行かなくても、川崎だけで済むのはありがたい。JRの北口が開通して、京急側からラゾーナへの生きやすさが上がったし、大抵のチェーン店も探せばある。ライブハウスだってクラブチッタボトムズアップがあるし、本屋だってDICEのは潰れたけどラゾーナに大きいのがある。川崎で出身のSHISHAMOは紅白出たし、フロンターレは連覇した。BAD HOPは武道館成功させた。最近は本当に不自由なく暮らすことが出来る。治安の良さを感じていた。だからかわかんないけど自分は北部の人間だと感じる。

 

小沢健二は自分の無気力さを「川崎ノーザンソウル」っていうらしい。かっこいいから真似しようかと思ってる。dodoとかアルピーの酒井ちゃんは中央とか北部の人ですよね。でも確かに南部の人に比べて、地元には無気力な人間が多いと感じる。18になった瞬間に地元のやつが夢も希望もなく、何となく生きてるやつばっかりでちょっと悲しくなった。それよりやっぱり自分はBAD HOPやJJJ (from Fla$hBackS) みたいな南部のスターに憧れる。九龍城にもたまに行くし、ラゾーナの広場でFebb気分味わっちゃう。

 

 

そういえばこの前川崎で「キックス」という映画を観た。カリフォルニアに住む男の子がスニーカーによってヒエラルキーが決まる街で、奪われたジョーダン1を取り返すって話なんだけど、暴力・麻薬・ラップが子供の日常に存在してる感じが、川崎の南部にとても似てた。映画館で横にヘッズ風の2人組が座ってたのも良かったな。

 

 終わりのない何となく書いた文だけど、18年自分がいた場所を再確認できる機会になったと思う。

そういえばマルイの跡地に水族館が出来るらしい。川崎もまだまだ変わりますね。

2018年の自分のこと + 2018年良かったもの発表会

 

今年の1月はまだ高校生でした。

学校にセンターの結果判定(センターの結果から志望校判定がもらえるやつです)をもらいに行った事を覚えています。結果がひどすぎて、苦笑いを通り越し担任と爆笑してしまいました。いま考えれば、笑った自分もどうかと思いますが、担任もなかなか最低だと思います。

その日は、どうせ今年は受験しても受からないしと半分やけになって、その足で、お台場まで映画(ガーディアンズという、どうしようもないロシア映画)を観に行きました。学校からお台場までが遠くない距離で、またお金もなかったので、歩いてレインボーブリッジを渡りながら、ぼんやり受験のことをあきらめていったことを覚えています。

そんな映画がとてもつまらなかった(いま思い出しても、今年ワースト)ことが気持ちの落ち込みに拍車をかけるなか、映画館を出ると大雪降っていました。(後に知りましたが、その日は今季一の大雪で何十年かぶりの積雪量を記録したそうです。)

そんななか、死に物狂いでレインボーブリッジまでたどり着いたのですが、レインボーブリッジの地面が雪で滑りやすくなっていて、しかも横から強風に煽られるという、ゼルダのダンジョンみたいな環境になっていました。このまま自分は真冬の東京湾に落ちて、凍えながら息を引き取るんだ…と死を覚悟したことを覚えています。

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LOVEの文字が悲しかった当日のお台場

そのあとニュースを見て知ったのですが、レインボーブリッジは、その2時間後で封鎖されていたらしいです。ニュースを見たときは、もっと早く封鎖しとけよとか思ったのですが、いま思えばお台場で帰宅難民になるよりは良かったのかもしれない。

 

2月は私立受験がありました。

どうせ受からない精神は継続していて、落ちることよりも、これで一旦受験が終わることを喜んでいました。試験日が3日あるなかの2日目にも映画(ジョン・ウーマンハント)を観に行きました。いま考えれば相当つまらない映画だと思うのですが、やけになっていたからか、とても笑えて楽しめた気がします。ジャンルが「アクション/サスペンス」みたいな感じの映画だから、本来笑うやつではないけども。

合否発表まではほっつき歩いていて、くりぃむナンチャラの観覧に行ったのも、その時だったと思います。大好きなお笑い芸人の大好きな番組だったので、とても感動しました。(3月ごろに放送したスタンディングオベーションの回です)

 

3月は合否が出るのですが、まさかの合格通知が来ていて本当に嬉しかったですねー。努力しない受験ってあるのだなと思いました。受験生にリンチされてもおかしくないですね。ただの最悪な自慢です、すみません…。

いまとなってはちゃんと受験頑張ってれば良かったと思いますが、まあそんなことは贅沢ですよね。自分が受験生に戻って、楽して受かる道と努力して受かる道なら絶対に前者選ぶもん。時間は楽しいことに使った方が良いもんなー。もちろん楽しいことのためにする努力は必要だとも思うけど。

あと卒業式に行ったのですが、クラスの7割が浪人だったのウケました。その中で自分含めてドラクエ11をプレイしてた人が軒並み受かっていたので、ドラクエから目を背けないことが受験の秘訣なのかもしれません。

 

4月からは大学生で大した話もないので省略します。

 

 

 

 

・2018年良かったもの発表会

 

「映画」新作130本 旧作50本 

-新作-

アイ,トーニャ
ウインド・リバー
ボーダーライン:ソルジャーズ・デイ
アベンジャーズ/インフィニティ・ウォー
レディ・バード
スカイライン-奪還-
ギャングース
タクシー運転手
ビューティフル・デイ
ミスミソウ

-10位以下-

ヴァレリアン

フロリダ・プロジェクト

パディントン2

バーフバリ 王の帰還

ジュマンジ/ウェルカム・トゥ・ジャングル
犯罪都市

デトロイト

ボヘミアン・ラプソディー

ヘレディタリー/継承

ファンタスティック・ビースト 黒き魔法使いの誕生

ミッション・インポッシブル/フォールアウト

オンリーザブレイブ

ピーターラビット

コンフィデンシャル/共助

-旧作-

クロニクル

ボーダーライン

最後の追跡

マネーショート

ドライヴ

プレイス・ビヨンド・ザ・パインズ 宿命

ルーム

マネーボール

ちはやふる 上の句

ブラックホーク・ダウン

-その他 リバイバル上映で良かったやつ-

BLAMEのチネチッタLIVE ZOUND東亜重音上映

2001年宇宙の旅 国立映画アーカイブ70mmフィルム上映

 

 

「マンガ」

ワールドトリガー

鬼滅の刃

ザ・ファブル

波よ聞いてくれ

ベアゲルター

刻刻

ゴールデンゴールド

嘘喰い

うたかたダイアログ

月曜日の友達

天国大魔境

圕の大魔術師

呪術廻戦

死人の声をきくがよい

悪い夢のそのさき…

ピーヨと魔法の果実

 

 

「バラエティ(良かった回)」

有吉の壁

くりぃむナンチャラ 鈴木良平選手権 , 相方いま何してる?

激レアさんを連れてきた。 全ての回

水曜日のダウンタウン 全ての回

オールスター後夜祭 '18

クイズ正解は一年後

有田ジェネレーション ファンキージェネレーション ダイアン

ゴッドタン スナック眉村ちあき

勇者ああああ ハリウッド軍団VS二郎会

有吉ぃぃeeeee! マリオパーティ

テラスハウス 聖奈さん韓国

相席食堂 千鳥の地元SP , 志茂田景樹 , 初の1時間SP

カリギュラ SARAI選手権

野性爆弾のワールドチャネリング 千鳥ゲスト

ドキュメンタル シーズン5

有田と週刊プロレス田村潔司

 

「ラジオ」

根元長井ann0 mijiメロディ コーナー初回

三四郎ann0 小宮さんが初めはラジオに行きたくなかったけど、新幹線乗りながら段々と行きたくなってきたというフリートークをした回
メガネびいきと岡村ann クロストーク

アトロク 放課後ラジオクラウド

問わず語りの松之丞 奥さん出産
空気階段の踊り場 プロポーズ

EXITの夜行虫

Aマッソの夜行虫

SofaKingFriday ChristmasMIX

 

 

「小説」

ほとんど読めなかったです

 

営繕かるかや怪異譚

たった一つの冴えたやり方

天才はあきらめた

 

 

「アニメ」

コードギアス

ハイスコアガール

あそびあそばせ

BANANA FISH

ゲゲゲの鬼太郎

 

 

「音楽」

カネコアヤノ/恋する惑星

Kero Kero Bonito/Time 'n' Place

Tendouji/Bubble Pops

tempalay/なんて素晴らしき世界

King Gnu/Tokyo Rendez-Vous

SANABAGUN./OCTAVE

Chelmico/POWER

EVISBEATS/ムスヒ

BIM/The Beam

QIEZI MABO/Premium Fried Chicken

Kendrick Lamar/Black Panther (SoundTrack)

I, Tonya (SoundTrack)

 

 

キャリアウーマンを見かけた

最寄り駅で電車を待っていた。

電車を待っているとき、何となく手持ち無沙汰になってしまい、周りの人を見回してしまう。

この前は、ピシッとしたスーツを着こなした綺麗な女性が立っていた。背筋がまっすぐで髪は一つにまとめ、完全主義のキャリアウーマンという感じの人だった。最寄り駅で普段から、ましてやお昼時に、そんな人を見かけたことがなかったから、じっと眺めてしまった。周りから見たら自分はほとんど変質者だっただろう。周り(キャリアウーマン)を見る自分と、等しく周りから見られる自分(変質者)。ニーチェが言っていた深淵のやつはこういうことなのだろうか。もっと難しい意味だったような気もするけど…。自己がそう思えばそれもまた真理である。

その女性をずっと見ていて気付いたのだけど、女性のスーツのお尻部分に、チョコベビー1つくらいのファンデーションが付いていた。

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これにはとても興奮した! 性的興奮ではなく知的好奇心から来る興奮である。

急転直下、女性のイメージが一気に180度変わる。

完璧なひとに見えるから、見えたからこそ、チョコベビー1粒分のファンデーションに吸い込まれる。

勝手にイメージを抱いていたが、あの女性は本当に完璧な人なのだろうか?

もしかしたら外では完璧に見せて家ではずぼら、ホタルノヒカリで言う干物女なのかもしれない。そう考えると人間臭くて可愛らしい人に見えてきた。

それにお尻あたりというのも良い。自分では全く気付けないし、立っていると周りからはバレバレというバランス。ドラマだと定番で見飽きたけれど、現実で見るととても興奮する。ドラマだったら、その直前に化粧中ペットのネコにいたずらされて、お尻にファンデーションが付いてしまうシーンが挿入されていたことだろう。

ファンデーションを覗いて興奮する自分、こんなときファンデーションも等しく自分を覗いているのだろうか。やはりニーチェはよくわからない。

思念をファンデーションにめぐらせているうちに電車が到着した。

降りるのを待っていると、何だか周りの人に見られているような気がした。

ガラガラの社内に勢いよく腰かける。リュックサックをぬいぐるみを抱きしめるがごとく、身体の前に回すと、リュックサックのチャックが全開だった。

三度、ニーチェの言葉が脳裏に浮かぶ。

経験則を基にすると、シンプルな単語で綴られた名言ほど理解し難く、一見難しそうな名言ほど実は普遍的なことを言っていたりするものだと思う。

一つだけ気がかりがある。ニーチェの言葉を反芻するなら、あの女性も自分を見ていたことになる。彼女はリュックサック全開の自分を見て何を思っただろうか。