猛者日記

理系高校に通う文系のブログ

Air/ドラクエを、俺に

ドラゴンクエストⅩⅠが発売された。

現在、高校3年生。同級生の50%以上が受験勉強に励む時期。自分もその中の一人。

当然、ドラクエⅩⅠは"買う"。

いや思い返せば、確かに心に迷いはあった。受験生という罪悪感のせいだ。そう、発売直前まで、俺はドラクエⅩⅠをプレイしてはいけないと思っていた。いままでドラクエが自分の人生にどれだけ影響を与えたかを考えずに…。予約が遅れて、受け取りが8月2日になったのだってそのせいだ。(普通は7月29日にプレイし始める。)俺があの時もっとドラクエを思っていれば…。

だが、反省はもう十分だ。ドラクエの金は払った。後戻りはできない。これはもう決定事項。あとは俺がドラクエⅩⅠを楽しむだけだ。

覚悟はいいか?オレはできてる

この夏、俺は勇者になる。

しかし、ここで問題が起きた。

発売日、世間はドラクエⅩⅠに沸いた。世間の熱が俺の日常に干渉し始めた。

考えることと言えばドラクエⅩⅠのことばかり。やることといえばドラクエⅩⅠのネタバレ回避ばかり。

ドラクエ欲を抑えきれなくなった俺は、あの時の心の迷いを後悔した。どうせ買うのになぜ早めに予約しなかったのか?なぜドラクエを自分にとっての悪としたのか?

もう、受験なんて関係ない。5日も待てない。いまの俺に自制心なんてない。しかし、どうやって、この欲を満たせばよいのか…。

そんなとき、自分のゲーム棚から一筋の光明が差し込んだ。DS版のドラクエⅤがあった。

初めて触れたドラゴンクエストドラクエⅤ。思い出は多い。

ヘンリー王子の部屋にある、隠し通路が丸2日見つからなかったこと。パパスが死んで泣いたこと。なめてかかったブオーンにボコボコにされたこと。そのブオーンを倒すときにフバーハスクルトなど防御呪文の有用性を知ったこと。フローラを選んだ友人と本気でケンカしたこと。パパスの敵であるゲマを倒して、もう一度泣いたこと。

例を挙げればキリがない。

久しぶりに開いたドラクエⅤはストーリー上だとラスボスを倒す前だった。

DSのドラクエⅤが2008年だから9年の間、俺は世界平和を放置していた。

世界を救わねば、そう思った。

5日かかるかもしれない。だがそれでいい。ドラクエⅩⅠが発売されるまで戦力を揃えてやる。そう思い、エビルマウンテン(ラスボスの居所)に向かった。

思っていたより周りの雑魚が弱かった。何だか嫌な予感がした。

気付いたら俺はラスボスの前に辿り着いていた。バトエンで見たことあるから、そうに違いない。ちなみにその一つ前の部屋の宝箱は開けられていた。そう、おそらく俺はボスの目の前まで行ってゲームをやめている。今となっては分らないが世界を救うのに躊躇したからだ。もしかしたらこういう状況になることを見越して、そのなった時の俺がラスボスを倒すことを期待していたのかもしれない。

俺はその期待に応えようと思った。

まだ準備不足だが、とりあえず目の前のミルドラース(ラスボス)と戦おうと思った。

負けたっていい。なにせ8年越しのボスだ。せっかくなら骨があるやつと戦いたい。俺のこの5日間を楽しませてほしい。

結論から言おう。ボスは弱かった。嫌な予感の正体はこれだった。通りでボス戦までの雑魚に手ごたえがなかった。

ボスは第二形態まであった。普通だったらプレイヤーが絶望の淵に沈むような場面だ。だが、俺は切に第三形態を願った。ボスがこんなに弱いわけがない。ドラゴンボールフリーザだって第四形態まであったのだ。ラスボスがザーボンごときと同じじゃ困るのだ。

しかし、願いも虚しく、ボスは倒れた。仲間は一人も死ななかった。何ならブオーンやゲマの方が手こずった。なんだこれは。

それに、マーサ(母親)の敵であるというのにあまり気持ちも乗ってこなかった。たぶんマーサのことはストーリ上じゃ、人伝いにしか聞いてこなかったからだ。俺のイマジネーションが足りてなかった。まだ見ぬ母親に思いをはせることができなかった。

それゆえ、俺は幼少期に冒険をともにし、ことあるごとにホイミをかけてくれた父、パパスの敵を討って物語を終わらせたのだろう。俺は8年越しに過去の自分の思いを踏みにじっただけなのだ。8年前の俺は、もう一度初めからやり直して、母親の思いも辿っていくつもりだったのかもしれない…。

 

 

最後のボスは倒した。

だが、現実に対処できないオレは固く心を閉ざしてしまう。

約束の時が来る。

迫り来る受験全滅の危機。

死の淵へと追い詰められる浪人。

ⅩⅠ発売とともに発動へと導かれる人類補完計画

己の現実に抗い、夢を需要する人々の頭上にドラゴンクエストシリーズが舞い下りる。

暴かれる欺瞞を嘲笑うかのように。

 

 

この次も、サービス、サービスゥ!

 

おわり