最寄り駅で電車を待っていた。
電車を待っているとき、何となく手持ち無沙汰になってしまい、周りの人を見回してしまう。
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この前は、ピシッとしたスーツを着こなした綺麗な女性が立っていた。背筋がまっすぐで髪は一つにまとめ、完全主義のキャリアウーマンという感じの人だった。最寄り駅で普段から、ましてやお昼時に、そんな人を見かけたことがなかったから、じっと眺めてしまった。周りから見たら自分はほとんど変質者だっただろう。周り(キャリアウーマン)を見る自分と、等しく周りから見られる自分(変質者)。ニーチェが言っていた深淵のやつはこういうことなのだろうか。もっと難しい意味だったような気もするけど…。自己がそう思えばそれもまた真理である。
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その女性をずっと見ていて気付いたのだけど、女性のスーツのお尻部分に、チョコベビー1つくらいのファンデーションが付いていた。
これにはとても興奮した! 性的興奮ではなく知的好奇心から来る興奮である。
急転直下、女性のイメージが一気に180度変わる。
完璧なひとに見えるから、見えたからこそ、チョコベビー1粒分のファンデーションに吸い込まれる。
勝手にイメージを抱いていたが、あの女性は本当に完璧な人なのだろうか?
もしかしたら外では完璧に見せて家ではずぼら、ホタルノヒカリで言う干物女なのかもしれない。そう考えると人間臭くて可愛らしい人に見えてきた。
それにお尻あたりというのも良い。自分では全く気付けないし、立っていると周りからはバレバレというバランス。ドラマだと定番で見飽きたけれど、現実で見るととても興奮する。ドラマだったら、その直前に化粧中ペットのネコにいたずらされて、お尻にファンデーションが付いてしまうシーンが挿入されていたことだろう。
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ファンデーションを覗いて興奮する自分、こんなときファンデーションも等しく自分を覗いているのだろうか。やはりニーチェはよくわからない。
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思念をファンデーションにめぐらせているうちに電車が到着した。
降りるのを待っていると、何だか周りの人に見られているような気がした。
ガラガラの社内に勢いよく腰かける。リュックサックをぬいぐるみを抱きしめるがごとく、身体の前に回すと、リュックサックのチャックが全開だった。
三度、ニーチェの言葉が脳裏に浮かぶ。
経験則を基にすると、シンプルな単語で綴られた名言ほど理解し難く、一見難しそうな名言ほど実は普遍的なことを言っていたりするものだと思う。
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一つだけ気がかりがある。ニーチェの言葉を反芻するなら、あの女性も自分を見ていたことになる。彼女はリュックサック全開の自分を見て何を思っただろうか。