猛者日記

大学生のブログです

山岡さんという人間(美味しんぼ「ハンバーグの要素」に寄せて)

最近はYouTube美味しんぼを見ている。最初の主題歌がDang Dang気になる〜♪のやつじゃなくとても面食らった。(美味しんぼはDang Dangで、ドラゴンボールGTはDAN DAN)

美味しんぼとは、父・海原雄山と子・山岡士郎が食対決を通じて、親子の葛藤やわだかまりを乗り越えそうになったり、もっと深めたりする話だ。日本がバブルと呼ばれた時代に人気を博した作品の一つ。

主人公の山岡さん(同僚兼ヒロインの栗田からこう呼ばれている)は、父親である海原雄山が持つ食への狂気的なこだわりと家族を省みない父権的な姿勢に嫌気が刺している。そのため母親の姓である山岡を名乗り、大人になっても絶縁状態を保っている。大学で習ったような言葉を使えば、エディプス・コンプレックスを軸に、食文化をテーマとした漫画と言えるだろう。それ故に海原雄山の父でありライバルでありラスボスという姿勢は、見るものに強烈な印象を与える。だが今回考えたいのは山岡さんのキャラクター性だ。

普段はぐーたら社員だが、一度食のこととなれば凄まじい実力を発揮する。美味しんぼの読者層を狙い撃ちした分かりやすいヒーロー像だ。たしかに山岡さんは凄い。食のみで人々の悩みを全て解決する。ドラえもんが四次元ポケットを使うように、山岡さんは美食倶楽部時代の人脈を駆使して日本中のあらゆる食材をゲットする。1人でTOKIO5人分という勢い。おそらく美味しんぼ世界では山岡さんまで、三次の隔たりくらいで辿り着けるのだと思う。それくらい本当に人脈が広い。銀座の味を知り尽くしたホームレスのおっちゃんとかどこで知り合うんだ。

だが山岡さんの武器が食であるのと同時に、山岡さんの弱点も食なのである。

何というか山岡さんは人に食べさせることに絶対の自信を持っている。それはたしかに良いことなのだが、自信を持ちすぎているが故に、それ以外のコミュニケーションを知らないのでは?とすら思うことがある。

この傾向が特に強い回にアニメ版第25話「ハンバーガーの要素」がある。この回は海原雄山の名ツンデレっぷりが楽しい回でもあるのだが、注目したいのは山岡さんだ。この回の山岡さんはとにかく何も言わない。びっくりするくらい何も言わない。たしかに協力はしてくれる。アドバイスの素振りもしてくる。だけど全然何も言わない。何なら試すような真似をしてくる。

今回の登場人物は、海原雄山の元を離れ、チェーン店には真似できない高級志向のハンバーガー店を作ろうとする料理人・宇田。

宇田からアドバイスを頼まれた山岡さんは、「まずは他の店の味を知ろうや」と宇田をチェーン店に連れていく。まず当然だがハンバーガーチェーンに着いて食べただけでは、山岡さんは何も言わない。宇田に「パンがパサパサですね」「こっちの店は肉が油っぽい」などと自分の意見を言わせてから、初めてその理由を解説してくる。まあこのくらいのスタンスの人は割といるだろう。是非はともかくとして、本人に実感させ、意見を言わせてから理由を語るという教育方法は比較的メジャーな部類だ。

チェーン店を巡った後、山岡さんは宇田に彼の渾身のハンバーガーを作らせる。市販のハンバーガーと彼のハンバーガーを食べ比べようというのだ。ここで山岡さんがアドバイスを言えば今回の案件は終わる。そう誰もが思った矢先、山岡さんは今回、最大のチャンスを逃す。あろうことに山岡さんが口を開きかけたその瞬間、宇田のハンバーガー店にある人物が来襲する。そう、海原雄山だ。

海原雄山は入ってきたなりすぐ、何か言おうとする山岡さんを横目に、宇田にハンバーガーを作らせる。そして、一口食べたところで吐き捨てるように「売り物にならん」と言い放ち店を後にする。アニメの時間にして約3分半。実時間では1分足らずという世界だろう。だがその瞬間に海原雄山の残したインパクト、存在感は凄まじい。

このアクシデントを機に山岡さんは完全に拗ねる。自分の親、宿敵である海原雄山の残した衝撃に怯えた小動物のように。山岡さんはすっかり何も言わないモードに入ってしまう。

海原雄山の襲来に打ちひしがれた宇田は「何だいまの嫌がらせは!」と怒りに身を任せる。当然である。自分の料理人としての矜持を一瞬で落とされたのだ。それに宇田も一度は海原雄山に師事した身。かけられた言葉は相当なショックだったろう。人間は心理的にショッキングか出来事が起きると自身を守るために、敵意を剥き出しにせざるを得ないことがある。宇田は反応はとても自然だ。

だがそれに対し、山岡さんは「いまのをただの嫌がらせだと思うか?」など意味ありげなことを言う。だが肝心なことは何も言わない。この辺は本当に不可解である。彼の中に答えがあるのかないのか。まるでファム・ファタールのように宇田を、私たち視聴者を悩まさせる。

その後、山岡さんは知り合いの中松警部を呼び許可を取らせて、宇田に銀座の歩行者天国ハンバーガーの出店をさせる。そこで山岡さんは驚きの行動をとる。あろうことに何と宇田が魂を込めたハンバーガーを50円で売らせ始めるのだ。宇田のハンバーガーは高級志向。とてもじゃないが、市販のハンバーガーよりも安い50円では採算は取れない。売れば売るほど大赤字だ。だが山岡さんはそれに留まらず客に「不味ければ50円すらも払わずハンバーガーをそのまま返してくれれば良い」と言い放つ。

非情だ。明らかに常軌を逸した非情さだ。こんなことやっている内容は、海原雄山のそれと何ら変わりない。むしろ公開処刑を行う分、海原雄山よりよほど酷いのではないか。食への圧倒的な狂気。どれだけ嫌っていて似ずにはいられない。親子の血縁というのはそれほどまでに濃い。そして山岡さんはその事実に気づくことはない。なぜならこれが己の正義であるから、父親への反抗であるから。父親への反抗が、父親を真似することなんて、そんな無様なことがあるわけない。少なくともこの時の山岡さんはそう信じているのだ。

それでも宇田はへこたれずにハンバーガーを一心不乱に作り続ける。どれだけ取り繕っていても内心はズタボロだ。だがそれでも50円という破格の金額に釣られた客は集まり、宇田はその客に笑顔を見せ続ける。天性…天性の料理人である。

だがすぐその笑顔すら消え失せる。宇田が材料から己のプライドまで全てをかけて作ったハンバーガーに対し、客は50円すら払わずに山岡たちに返し去っていくのだ。もうこの時点で宇田は痛いほど分かったはずだ、自分のハンバーガーには問題があること、海原雄山のような美食家のみならず一般人にすらそぐわない致命的な欠点があることに。

セオリーならばこの時点でもう山岡さんは答えを与えるべきなのだ。宇田は気づいた己の未熟さに、自らのハンバーガーの欠点に。あとは山岡さんがハンバーガーの真髄を、本質を、彼のハンバーガーに足りなかった部分を諭すだけで終わるのだ。

だが山岡さんは言わない。何も言わないのだ。こちらが言ったとはいえ、客が50円のハンバーガーに支払いもせず、まるで不良品であるかのように店に返し続ける異様な光景を目の当たりにしながら、この状況を作り出したのが自分自身でありながら、さも当然であるかのように瞬きひとつせず通す、沈黙。

cm後、舞台は再び宇田のハンバーガー店に戻る。時刻は夕暮れ。宇田は口を開く、「自分は気づいていた…」と。「自分でも試作の段階で気づいていた。このハンバーガーの違和感、おかしさに…。最高級の牛肉を炭火で焼いたハンバーグ、最高級のトマト、たまねぎ、ケチャップ。だが、それがハンバーガーになった瞬間、上手く行かない。」と。

そう、宇田は知っていたのだ、このハンバーガーに欠点があることを。知りつつ作っていた。自信があるかのように振る舞っていた。何故か。それは料理人としての矜持だ。いくら美味い料理でも料理人に自信が見られなければどうか?海原雄山も作中何度も言っているが、料理に重要なのは食材だけでない、人をこそ、料理人をこそ一流で初めて完成すると。だからこそ宇田は自信を持ってつくる。己がハンバーガーを。そこに迷いがあってはいけない。それは山岡さんの正当な判断に支障をきたすから。宇田は知りつつ作った。そしてあとは山岡さんに答えをもらうだけ、最初からそれだけだったのだ。

本当はいらなかった、海原雄山の突入劇も、出店での光景も。あの歩行者天国で起きた惨劇。行ききった資本主義社会が、いやあの悪魔・山岡士郎が生み出した地獄のような光景は。本来必要なかったのだ。何故なら最初から、最初から宇田は気づいていたのだ。

だがそれも終わる。宇田は山岡さんに問う。夕暮れのハンバーガー店で。自分がもった初めての店で。「一体何が問題だったんだ!?」

とうとう山岡さんが重たい口を開く

「寿司屋へ行こうか…」

この続きの衝撃の結末は是非己の目で確かめて欲しい。

https://youtu.be/ZfOSNtm0loM

↑の四話目

山岡さんのこの物言わぬヒーロー像は、平成が生んだ寵児・木村拓哉に受け継がれている。そして山岡さん自体にも源流にを辿ればどこかにオリジンがあるはずだ。それらについては今後また考えていきたい。

最後にこの昭和を代表する漫画である美味しんぼに、令和の最新の話題作であるタコピーの原罪から最終回のセリフを引用したい「おはなしがハッピーをうむんだっピ」

バブルから平成を経て、日本人はようやく対話することの大切さを知った。