猛者日記

大学生のブログです

雑感

『おいでファンタジー 好きさミステリー』

って言うけどドラゴンボールにミステリー要素なくない?

↑でも、この意見が野暮なのもよくわかってる


夢の中で、ドラゴンボールをハリウッドで映画化するなら、人造人間編に絞るべきだなって意見を思いついて、名案じゃんってホクホクしてたんだけど、起床してから思い直してたらただのターミネーター2になることに気付いてヘコんだ


人から卒論についての話を聞きたいんだけど、卒論を適当にやってる人が意外と多くて悲しい 高校でやってた部活くらいの熱量で卒論の話もしてほしい


台風の時の死亡フラグ 陸の孤島と化した洋館で殺人事件が起こっている場合は「こんなところで殺人鬼と一緒に居られるか!俺は自分の部屋に帰らせてもらう!」で、河川から引水した農地を持っている場合は「ちょっと川の様子を見てくる」 小学生の時は「ちょっとTM Revolutionごっこしてくる」もあった


数ヶ月ぶりにデニーズ来たら、ドリンクバーのセブンイレブンコーヒーが消えてて悲しい。デニーズに行く理由の一切がなくなってしまった…。


中学生の頃とかカゲロウプロジェクトとかに影響受けてる同級生を「大丈夫か?大人になったら絶対後悔するぞ」と思って見てたんだけど、いまになってその人たちが「あの頃、イタかったよねー笑」って共感し合いながら、懐かしがってるの見るとメチャメチャ羨ましいので、若気の至りというのは大事


鯛焼きにも養殖と天然があるらしい


不滅のあなたへファイアーエムブレムは、

『死ぬことで初めて仲間になる』 『死んだら一生仲間にならない』

という点で対立しているんだけど、両者とも人類の営みから生じた争いの鳴らす諸行無常さが、作品の通奏低音として鳴り続けてる。根っこは同じだけどアプローチは真逆というストーリーテリングの良い例


thisコミュニケーションは、ファイアーエムブレムやりながらときめきメモリアルやるみたいなストーリー。FEと違って死んでも生き返るけど。


ビルドゥングスロマンとしての主人公は長い物語の主人公に実は不適で、幼さと同時に、得体のしれなさがある主人公の方が長期連載に向いてる。だから悟空やルフィはたまに目が据わってる。逆にNARUTOが中忍試験編まで面白いのは、前者の主人公気質だから。


ルーブル美術館は第一日曜日に行くと良いらしい


森田剛が好きなもの
宮沢りえ
Buddha Brand


渋谷は全体的に地図以上に距離を感じる事が多い


大学のレポートで結論で急に論理を飛躍させるクセがあるんだけど、四畳半神話大系に影響受けてるからかもしれない

時間無い時のレポートは結論をMOROHAの歌詞くらいアツいことを言って乗り切ろうとするクセもある


Google Earth VRでGeo Guessr がやりたい。ノワール映画で目覚めたら見覚えのない場所にいるアレが疑似体験できそう


「禍福は糾える縄の如し」←カッコつけすぎ


昔のMステで、今まで出たアーティスト全部紹介SPっていうのがあって、五十音順に紹介したせいで、大トリが『笑金オールスターズ』になりかけてた。ラストなんとかWANDSがまくって終了


小学生の時、地域で唯一マジコン持ってるやつのあだ名がマジコンのガッツって呼ばれてたんだけど、音が完全にアジカンのゴッチのそれ


YouTubeのコメント欄に「ここのコメント欄は治安が悪いですね」→「コメ民の民度低いからね」→「米民の人たちいい加減にして!」って流れがあったんだけど、米民はアメリカ人じゃん


両A面シングルってCDの時はミュージシャンの心意気がある分、お得だねと思ってたんだけど、サブスク時代になると別のシングルってあつかいになってて、CD単位で聴けない分、厄介な存在になってしまってる。


独断で選ぶジャンプのもったいない打ち切り
左門くんはサモナー」「賢い犬リリエンタール」「magico」


FIREってもしかして長瀬君のこと?


そろそろ「あれこの山手線人少ないな」→「大崎駅止まり」の法則に気づけるようになりたい。毎回来た電車に乗っては、人少ないじゃん!座れてラッキー!って馬鹿の一つ覚えみたいに喜んでる。


魔改造の夜は、トイストーリーのシドが抱いていたクリエイティブ性を肯定してる


1番オシャレなボードゲームのタイトルは『ワイナリーの四季』


ハンドスピナーとマリトッツォは流行り方が同じ
前からぼんやりと存在してた物にポップな名前が与えられてブームになる


コールドブリュー飲むと焼き芋の味がするの理屈がわからない


カフカの変身と「余命でも付いたらイジメられないし少しは楽なのかな」はテーマが同じ。自分にはどうしようも出来ない外の要因=運命によって、社会性を喪失したいという願望に基づいてる。


水上悟史の漫画、いつもストーリーがこれでもかというくらい最短距離を走るので、一冊で五巻分くらいの満足感がある。構成がアスリートの体型くらいしぼられてる。でもちゃんとキャラクターを愛らしくみせる、描写もあるし本当に漫画家として一つの完成形にある。


前に小学生がランドセルは重いから、ランドセルを引きずって歩ける「さんぽセル」を開発しました、ってニュースが論争になってたんだけど、もし頭硬い人たちが負けて、最終的にさんぽセルが許容されるところまで行き着くと、じゃあもうランドセルである必要ないじゃん(ランドセルは子供が背負うことによって怪我から守ってるけど、背負わなきゃ意味がないので)普通にキャリーバッグ使うよ!ってことに落ち着くと思うんですけど、
これだと結果的にランドセル→さんぽセル→キャリーバッグ、の「さんぽセル」の部分はショートカットされるわけで、禁止されようが許容されようが誰にも使われないけど、製作されてその存在が周知されたことには意義のある物って、ほとんど芸術作品と同義だなと思った。もしくは核兵器


美味しんぼで最も有名なエピソードである鮎の話が、主人公の敗北エピソードであるの興味深い


実話怪談師がいるくらいだから虚構怪談師がいたっていいはず。恐ろしいモンスターとかアンデットがうじゃうじゃ登場する話を聴かせて欲しい


青春ミステリは犯人である学生が思春期ゆえに抱える葛藤が反抗の動機となる事が多く、一般の青春小説と比較した時に、青春の影の部分が濃くなっていて、それゆえにより鮮明に作者の青春論を感じられて好みなのかも、とか思う


藤崎竜は文学部のゼミで教授から寵愛を受けるタイプ


フジリューは作家として「ただ物語をなぞるだけなら漫画化する必要ないじゃん」という考え方なので、至極当然のように思いもよらない改変をしたりや奇抜なキャラクター性を付与したりするから、原作ファンが漫画化だ!と思って読むとメチャメチャ面食らうことになる。自分は藤崎竜ファンなので原作もフジリュー版としての漫画も楽しめて一石二鳥だなと思ってる。ちなみに小野不由美先生も元々藤崎竜ファンで、屍鬼の漫画化の際に「原作と同じならやる必要ない。やりたい放題やってほしい。」って言っていた、という話が最終巻のあとがきにあった記憶がある。


「誰かを待つ」という物語の綴じ方、よくある手法だけど余韻の残し方が一番好き


『アンドロイド警官と人間刑事のバディ物で、人間の方は引退だったり殉職だったりでシーズンごとに交代していくシリーズ』ってとこまで考えたけど『相棒』だ


言語を用いないVTuberって人気出そう カービィのゲーム実況見てみたい


ポップカルチャーのトップが最先端のアーティストとかコンポーザーをフックアップするという構図、晩年のSMAPとかが積極的にやってた印象があるんだけど、数年くらいぽっかり空いてた感があって、最近になってその役割を企業系のVTuberが担い始めてる感じがある。


イカがフルーツ業界で一定の地位を築き、いまもなお持ち上げられているのは、風物詩というバフに依るところが大きい。というかスイカは野菜である。


バナナが耳に詰まっている人にバナナが耳に詰まっていることを指摘する人の耳にもバナナが詰まっている場合、「すみません、聞き取れなくて。耳にバナナが詰まっているもので」というオチが二者間でリフレインする。


良く出来たボードゲームの特徴の一つとして、自分が育てていた焼肉を収穫する寸前で、他人に奪われるみたいなことが何度も起こる。そしてもちろん自分も奪う側に転じる。


結局私達は悩み続けるキャラクターが好んでいて、答えを持ってるキャラよりも感情移入しやすく、答えを獲得するプロセスに将来の自己を投影してる


ロマンスの魔法が解けた後の恋愛に対する不安感とその先取りがマリッジブルー


街そのものの情報量について最近考えていて、繁華街は無駄に情報が多くて疲れるし、郊外は少なかったり、他の郊外との同景化が進んでたりして、楽しみが少ない。

個人的なちょうど良い情報量の街は錦糸町 錦糸町はなぜか歩道橋にエスカレータがある街


葬式があわただしいのは、残された人が悲しさを少しの間でも忘れられるように願って設計されたから


人間がより贅と幸を感じるのは夕食よりも朝食


夢の中でバカリズムとヒコロヒーと錦鯉まさのりさんが保険について語る番組を見てた。バカリさんとヒコさんはすごく理知的に保険を選んだ決め手を説明されてて、改めて尊敬したんだけど、まさのりさんだけ『僕は「か行」から選びました』って言ってて爆笑した。か行の保険会社聞いたことない


M-1アナザーストーリーのサブタイトルが「ライフ・イズ・ビューティフル」になってたの、坂口杏里のAVタイトルが「What a day!」になったのと同じロジックだ


川崎駅の周りにはタリーズコーヒーが大量発生しているので、川崎駅周辺の地図をプリントして、ピンと赤い糸でタリーズを紡ぐと、海外ドラマとかでよく刑事が作ってる犯人の周辺図が作れる


地方出身の人が自分の上京をエモく縁取るための東京語りが苦手で、東京の郊外に生まれた人が自分だけが知ってる東京の良さを宝物みたいに教えてくれるのがすごく好き。東京の中心に住んでる人は東京を語らないです。彼らは、自分こそが東京の象徴でそれは自明の理だと思い込んでる節があるので。


かりそめ天国で読まれてた「かまぼこがいつも使い切れない」ってメールが感動した
こんなにクリティカルなのに誰も唱えてないあるあるが残ってた衝撃


ディズニーシーのソアリンを未だに体験してないんだけど、
未体験者の予想として飛び立つ瞬間、ディズニーリゾートを上から見た景色が見られそう


健気とやせ我慢はaikoのためにある言葉


水木しげるが戦争体験を描いた漫画、腕を失って負傷者扱いにされていらい、現地の部族との交流しつつ療養生活を送るんだけど、それが徐々に楽園(=ぱらいそ)のように変化していく様が、すごくタナトス的な美しさがある
一つ隣で死の恐怖が横たわってる楽園というのは『ソナチネ』と近い


黒人をターゲットにしたホラー映画が少ないのは普段からもっと恐ろしい思いをしているからで、紛争地域でホラーがウケないのも同じ理由らしい


M・ナイト・シャラマンの『OLD』中盤に一つの場所で同時多発的に色んなことが起こるので、いいとも最終回に中居君がやってた「いったん整理しよ」の偉大さがすごく身に沁みた


NOPEは「見えない恐怖」→「見える恐怖」って終盤までのシークエンスでは、劇伴らしい劇伴は流れないで、陰鬱さとか暗さを感じるんだけど、終盤で「見ることの出来た人間による対峙」が始まった瞬間に(https://youtu.be/Ilp7qHb9U-A)この曲が流れるんだからそりゃ高まる


クラシックの現代解釈という意味での「現代音楽」はポップカルチャーと相性が悪いんだけど、ホラー・スプラッター・スリラーには抜群の相性を示すらしい。エクソシストもハロウィンもジョーズも、現代音楽の不安を煽る側面を上手く利用してる名曲


大崎駅の全く憩いじゃない憩いの広場


メンデルの法則を覚えるときに「枝まメンデル」って語呂合わせ使ってたせいで、枝豆食べる度に(枝まメンデルじゃん…)って思考が脳裏を掠めてる。でも調べたら本当はエンドウ豆で、エセ情報パブロフになってしまい詰んでる


USで起こった2020年台HIP-HOPブームって、日本に置き換えたらゲーム実況かもしれないと思った。日本のHIP-HOPも勿論拡大したけど、まだUSほどお茶の間よりも、若者中心のブームという感じで、ゲーム実況の方がプレイする人間のアイコン化とかそれに伴うキャラ要素を重視する風潮が似てるなと思った


ここ数年、Netflix中心にアメリカのハイソサイエティで再ブーム起こしてる、禅の思想を生活に取り入れましょう運動(コンマリ的なやつ)、西洋文化からのナチュラル上から目線を感じてとても嫌い。植民地主義から派生した、他民族を文化すらも支配して、自民族のものとして書き換えちゃう歴史改変的な姿勢の残滓なんだと思ってる


最近のYouTube、AIのおすすめがプラットフォームの軸になっちゃってるせいで、一つの動画がスーパースプレッダー的な役割を担って、ホームがその動画の関連に汚染されまくることが多い


発表されなかったり未完であったりすることに意義が生まれる芸術作品、というジャンルがある


韓国の実話を基にした映画、オタク受けする信念持ったキャラクターがたくさん登場して、そのキャラたちとバックグラウンドにある史実がどんどん呼応していくので、オタクがキャラへの解像度を高めようとするほど韓国近現代史に詳しくなるらしい


通ってた高校が都心駅前一等商業施設になるらしい。資本主義は無情


人間は真実を自己の解釈によって、都合の良い事実に改変して記憶してしまう。でも、それは人間という生物の反り返りとして自然なことなので、それを無理矢理、矯正して真っ直ぐにしようとしても上手く行かなくて、都合の良い事実などほぼ無いということを意識し続けることで、対策していくしかない


大勢のやってる行動は正解じゃなくて、基本は現状維持に過ぎない。それはある種絶望的なニュースであるのだけれど、自分一人がおかしな行動し続けても、いずれは他が勝手に同一行動をして、極限で収束へと向かうと考えれば、安心出来る事実なのかもしれない


レシピやアートが増えているんだけど、これが進むと資本による知の独占システムが再び形成されてしまうので少し恐ろしい


英単語を、接頭語と語根で切り分けて覚えると最初は時間かかっても、途中から加速度的に覚えられるし、未知の単語への対応力とかも高くなると思うんだけど、そういう逸脱した個を許さないために日本の教育はスピードが早いんだと思う


単語の分類、現在進行系→現在形で、現在形→原形のがニュアンス正しいと思う


『悪貨は良貨を駆逐する』を耳にするといつも『ラッカは静かに虐殺されている』を思い出す


『割り打ちの銀』を耳にする時はいつも『鉄鍋のジャン』を思い出してる


りりちゃん魔法完全攻略マニュアル、HUNTER×HUNTERならヨークシンシティでオークションにかけられてる特殊アイテム


ジャンプラがジャンルレス&新陳代謝の速さ&間口の広さによって、10年満たない間にジャンプよりも強いメディアになった事実、やってることを考えれば当然なんだけど、どうしても衝撃が揺るがない


スケットダンスで架空競技に熱中する回が最高なのって、他人からは価値がないと思われることを、真剣に取り組んでいる人たちはいつだって美しいからじゃないかな


ドラゴンボールとかのジャンプ作品で顕著な少年漫画の強さインフレ問題だけど、それよりもっと前に手塚治虫が、敵を倒すほど人形化した体が元の人間の肉体に戻る、って方法で戦いを重ねるごとに主人公が弱体化する=デフレすることでそれを解決策を示してるんだけど、旅の目的とインフレの解決をたった一手で解決した『どろろオーパーツ過ぎる


少年漫画は結局は強さの理由が血筋なので、ビルドゥングスロマンに見せかけた貴種流離譚


ギャグマンガ日和GB』の6巻が久々にベスト更新したレベルのキレと面白さがあってとても良かったんだけど、芭蕉さんの俳句も進化してて「富士山の登頂遂げた知らん人」とか「ビーチまで徒歩一分は嘘だった」って句は、もう穂村弘の短歌集に載ってても違和感ないなと思った 短歌と俳句の違いはあるけど
芭蕉が晩年めざした"軽み"の理念も色濃い


『ひかるイン・ザ・ライト』最終巻でひかるが蘭ちゃんに向かって、月明かりの下で『Carole King - You've Got a Friend』を歌うシーン は2022年の漫画で一番良いシーン。
2020年の漫画で1番良かったシーンは『バーナード嬢曰く。』5巻のデジャヴの回でしおりとさわ子が橋の上で天使のはしごの話をするシーン。今この瞬間の風景が思い出に変わる美しさ。


ちいかわはほぼ眉で会話してるんだけど、欧米人は口元で表情を伝えて、日本人は目元で表情を伝えるらしいので、ちいかわはとても日本人が共感しやすい生物


ファンダムが力持ち始めて、未発表情報とか物語の途中にも関わらず、杞憂とか期待に基づいた強めの意見を言う人が増えてる。消費スピード早くなったせいで悠然と構えるみたいな姿勢が無くなってる感じで、もっと保留ってスタンス取れないのか…


ストーカー気質って「一方的な愛で相手のことを見つめがち」って意味合いで使われるけど「妄想力と行動力が結びつきやすい」ってファクターの方が強い気がする。後悔で終わる大半の人の恋愛は、一方的な愛を行動に移せず時が過ぎていくから


『城塚翡翠シリーズ / 相沢沙呼』とか『魔眼の匣の殺人 / 今村昌弘』もそうなんだけど、ミステリー小説の潮流として「因果」の果よりも因に重きを置いた作品が目立ってる
こういうwhyとhowに重きを置くためにwhoを先行して明かす、言うなれば"犯人決定型ミステリ"の潮流は、個人的に『神様ゲーム / 麻耶雄嵩』が作ったんじゃないかと思ってる
他メディアだと刑事コロンボとかが近い気がするけど、あれは本格ミステリというより犯人との対決に重きを置くための手法で、ドラマという特性上、役者のランクで犯人が分かってしまう構造を逆手に取ったところから生まれたなので


「見立て殺人はミステリー小説のための殺人であるか否か」みたいなミステリーの定義にまつわる作家の議論が大好き


事件解決するタイプの大学教授になりたい
助手を君付けで呼びたいし、食堂のおばちゃんに毎回注文する前に「はい、先生はBランチね」って言われたいし、トラブルに見舞われた生徒が噂を聞いて飛び込んでくる駆け込み寺みたいな研究室にしたいし、ライバル教授が仕向けた巧妙な罠を潜り抜け、学会にライバル教授の悪事を告発したい


「以前友人と酒を酌み交わしてる時にこんなことを言われた」で始まる文章は実際には、作者の自問自答であることが多い


小説のアンソロジー本、好きな作家が多ければ、多いほど後々短編集に収録されるから買わないでおこうとか思って手を出さなくなりがちなんだけど、意味わかんないな


ケンタッキーが一番美味しくなるのはクリスマスの次の日らしい


雨で濡れると絵が浮かんでくる初めて広告が浮かぶ看板とか技術的に難しいのかな


一部の熱狂なファンと土地の歴史が有機的に絡んでくる文化は基本的にどれも面白い


ハリウッドはもう大人の事情の撤廃でしか夢を見せることが出来ないのか問題


みにくいアヒルの子が嫌いなんだけど、あんな連中に受け入れてもらうことをハッピーエンドと位置付けていることに、大人の傲慢が透けて見えるからだろうな


触覚で分かる腕時計とかあったら、朝眠い時に目を開けず時間を確認出来るから便利〜、と思って調べたら、ちゃんとユニバーサルデザインの一環として作られてて、自分の浅はかな動機に申し訳なくなった


近年のPIXAR作品、一作目は安定のハッピーエンドなんだけど、二作目から途端に作家性出してくる


カードゲーム用語のバニラの語源が面白い
てっきり遊戯王由来(カードの縁の色)だと思ってたんだけど、MTG発祥でプレーンな味としてのバニラかららしい


広辞苑タモリの名前は載ってないがみうらじゅんは載ってるって話が面白かった(「マイブーム」の項目の中に名付け親として記載がある)
日本人はどれだけ有名でも故人しか掲載されないらしい


雑誌の表紙だけを集めた写真集とかイラスト集とか販売して欲しい。J-IDEOとか中身に興味あるわけないんだけど、あのもやしもんの表紙良すぎて、いつも手に取っちゃう。


品川シーサイドからお台場にかけてのエリアが一番平成に取り残されてる感じがして好きかもしれない


猫に小判」と「豚に真珠」みたいな関係の現代版は「炭鉱のカナリア」と「靴磨きの少年」


第二外国語以降で日本語を習った人が一番使いこなすのが難しい単語「渋い」な気がする